ひやりと手に馴染む竹の感触を味わいながら片目を瞑り、筒の中を覗く。
そのままくるりと回せばカラカラと音が鳴り、美しい幾何学模様が作られていく。

「懐かしいなぁ」

幼い頃のおぼろ気な記憶を辿りつつ、皆の力を借りてようやくこの石の世界で一つの物を完成させることができた。

「千空も見る?」

おもちゃで遊ぶような年齢では勿論ないし、これといって役に立つものでもないけれど、千空は私の手からそれを受け取ると素直に中を覗き込んだ。

「ああ……実にお懐かしいな」
「千空は望遠鏡の方が好きでしょ」
「違いねえ」

クツクツと喉を鳴らして、千空は笑った。

「まあ、悪くはねえよ。たまにはな」





薄暗いほら穴の中での細かい作業というのは、肉体的にも精神的にも負担がかかる。

「いやこれもう私には無理だ……無理となったら誰かに頼る!ちょっと出てくるね」

手元ばかり凝視していたのでとにかく目が痛い。向かいに座って別の仕事をしていたルリと羽京が苦笑いで見送ってくれた。


「というわけでカセキ先生にお願いがあります」
「えっ、ワシ?」

作業の合間に頼み込みに行くと、カセキは横に立っていた千空と向かい側の私を交互に見た。
既にめちゃくちゃ嬉しそうである。

「ワシは良いけども……しかし千空を差し置いてワシ?ほんとに?」
「だーーそういうのいらねーからさっさと用件を言え」

やだ千空ったら照れてんの?
なんて軽口を言うと更に怒られそうなので、素直に従うことにした。
私が夜な夜な書いた設計図……とまではいかないが、工作の手順書である。

「これを作りたくて」
「あーー、これは……成る程な」

千空でなくとも、旧現代人はピンと来る代物。
今度、子どもたちと一緒に作ろうと目論んでいるものだ。
本来なら難しくはない。ただ、全て自然の物で作ろうと思うと調節が難しい部分が色々と出てきてしまったのだ。

「ここがどうしてもうまくいかなくて……カセキ先生お願いっ!」
「そこまで言うなら頑張っちゃおうかな」

勿体ぶってはいるが、カセキはの職人魂に訴えかけることはできたようだ。

「ありがとう!あとは……コハクに頼んだアレを、」
「ん?コハクちゃんなら主の後ろに立っとるぞい」
「えっ」

これから様子を見に行こうと思ったのに、コハクは仕事が速すぎる。
彼女が背負った籠の中には手頃な大きさに切られた竹筒が大量に入っていた。

「子どもの人数分とは言われたが、これだけあれば充分だろう?」
「あ〜〜ありがとうほんっとに助かった!頼りになるねぇ」
「ハ!いつでも頼ってくれて構わないぞ。しかし千空を差し置いて、悪いような気がしないでもないが……?」
「だからさっきからなんなんだテメーらは」

カセキとコハクの茶番劇に千空は終始しかめっ面をしていた。


そんなこんなで数日が経ち、天気の良い穏やかな日。
科学教室の課外授業にはもってこいの陽気である。

「今日はみんなに宝の粒を拾ってきてもらいまーす」

花びら、葉っぱ、木の枝、石ころ。
とにかくなんでも良い。みんながそれぞれ気に入った、指で摘まめるくらいの小さなものを集めてきてもらう。
早速わらわらと散っていった子どもたちの後を、私も追うことにした。

「ルリはどこに?」
「私は林の方へ行ってみます。それから……」

ルリは手を擦り合わせてモジモジしている。
素敵な石を探しに行くのだろう。

「フフ、分かった。宝物見つかると良いね」

普段は講師として勤めてもらっているルリも、今回は参加する側である。
引率も兼ねているけれど、事前に設計図を見た彼女はなんと「私も作ってみたいです」と手を挙げてくれたのだった。

ルリが林なら私は海へ。
ゴミひとつない砂浜に点々と小さな足跡が並んでいる。
その先では、未来とスイカがしゃがみこんで何やら探しているようだった。

「キレイな石があったんだよ」
「スイカちゃんほんまに石が好きなんやねえ」

声をかけようと思ったけれど、なんだか楽しそうなので見守ることにした。
未来は、白い貝殻を拾いあげては大切そうに仕舞っていた。

探索を終えたみんなが戻ってくる前に、机の上にカセキとコハクに手伝ってもらった材料を準備しておく。
竹筒はそれぞれ形が微妙に異なっていている。
カセキにはそれを踏まえて仕事をしてもらったので、バラバラになると大変なことになってしまうのだ。

程なくして、全員が席についた。
机に置かれた物を見つめてみたり、集めたものを見せあったり。
反応は様々だが、ここからは一気に行程を進めてしまいたい。
板書に沿って一通り説明をしたあとは、様子を見つつ各自で手を動かしてもらう。

「これ、鏡なんだよ?」
「お、よく気付いたね」

スイカが掲げたのは細く切った三枚の鏡を合わせて作った正三角形の筒。
外側にはカーボンを貼り付けてある。
その三面鏡を竹筒の中に差し込んで、蓋をする。
みんなで集めた宝物を入れるのも忘れずに。
いよいよここまで来ると、仕組みがどうだとか説明するより早く見て欲しい。
ルリに目配せすると、彼女はゆっくりと頷いた。

「覗いてごらん」

目の前に座っている全員が竹筒を覗き込んでいる光景は、なかなかにシュールだ。
子どもたちの目に映っているのは、彼らが今まで見たことがないような世界である。
そのまま筒を回すよう言うと、辺りは一層賑やかになった。

「万華鏡、と言うのですね」

竹の筒を覗きながら、ルリは感嘆の息を漏らした。
色とりどりの石の粒が織り成す奇跡に彼女は何を想っているのだろう。
感傷的になりつつ、少しは講義らしい講義をしなくては。

「そう。この万華鏡っていうのは、三面鏡がみんなが集めてきたものを映して、えーと……って誰も聞いてないなこりゃ!」

気になる人には後で私と、更に詳しい千空先生が来て説明してくれますということで。
幼い頃に私もこうして万華鏡を作ったが、覚えているのはその時に見た幻想的な世界と、自分の手でこれを作れたという喜びである。
この子たちがいつか大人になった時に、そういう気持ちをたまにで良いから思い出して欲しい。
知識はあとからでもついてくる。幸い、ここには個性豊かで頼れる講師が揃っているのだから。





「……それで、あとはみんなで作ったものを交換してみたり、筒に絵を描いたり模様を彫る子もいたよ」

みんなの顔を思い出せば、これからも頑張れそうである。
あの子たちを守り、育てなければならない。
止めるなよ千空くん。私は今、使命感に燃えているのである。
なんて意気込んで見せたところで、千空は好きなようにしろと言うだけだろう。

「実用的ではないけどね。もしかしたら人生の一ページに残してくれる子もいるかもしれないし……そう、まるで万華鏡の景色のように……」
「名前まさか、大勢の前でそのポエム披露したのか?」
「さすがにそれは無理でした」
「クク、だろうな」

そんなことをノリノリでそれらしく言えてしまう人を、私も千空もよく知っているけれど。
言葉も人を選ぶのである。

「未来がね、兄さんに見せるんやー!って張り切ってたよ」
「……そうか」

そうだよ。だから私たちは一歩ずつ、少しずつでも前に進んでいかなくちゃならない。
でも、前だけ見ていたら大事な何かを見逃してしまうかもしれなくて、そういう時はこぼしたものをみんなで拾っていけたら良い。

「千空は万華鏡に入れるなら何選ぶ?」
「月の石」

まあ随分と壮大な。
でも、それがまた彼らしいような気がした。

この惑星の唯一の衛星。
近くて遠いその星に、人類の手が届く日がまた訪れるのだろうか。

「今ソッコーで完成させなきゃなんねえのは船だがな」
「はは、そうでした」

とどまることを知らない探求心が、私たちの道を切り拓いていく。
どこまでも広がる空を見上げながら、彩られた未来に思いを馳せた。



2020.5.29 Kaleidoscope


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